「ネガティブに考えるよりポジティブに考えたほうがものごとは上手くいく」。
そんなことは、もうずっと前からみんな知っているハズです。
でも、いつもどの瞬間もポジティブでいられる人なんてそんなに多くはないのではないでしょうか。だけど、ちょっと待ってください。
本当に、ネガティブには「百害あって一利なし」なのでしょうか?
ネガティブを排除する必要はない
「自分は本当に何をやってもダメな奴だ」とか、「自分なんてあの人の足元にも及ばない」とか。
誰だってそれなりに一生懸命生きていれば、ネガティブな考えに囚われることもあると思います。
でも、そんなネガティブな感情こそ実はあなたの才能の隠れ家だったりするのです。ネガティブな感情の中でも特に、次の2つの感情に注目してみてください。
- 「イライラする」
- 「落ち込む」
あなたはどんな時にこんな感情をもつでしょうか。「どんな時」というシチュエーションがポイントです。
1.イライラする場合
的を得ない話を長時間聞かされてイラつくのなら、あなたには要点をまとめて話す才能があるということ。
聞きとれないほど小さな声で話す相手にイラつくのなら、あなたには堂々と話す才能があるということ。
教え方が下手なセミナー講師にイラつくのなら、あなたには人にものを教える才能があるということ。要領の悪い居酒屋の店員にイラつくのなら、あなたには要領よくこなす才能があるということ。
つまり、「自分ならもっとうまくできる」というビジョンがあるからイラつくのです。
2.落ち込む場合
営業所のトップセールスの商談を見て「スゴいなあ、だから契約がとれるんだなあ」と落ち込む。
本やブログでみた他人の文章のクオリティに「スゴイなあ…自分の文章なんか恥ずかしいよなぁ」と落ち込む
ライブで誰かのギターのソロ演奏を聴いて「上手いなあ…自分なんかじゃとても敵わないなぁ」と落ち込む。スポーツ競技で誰かのパフォーマンスを見て「上手いなあ…自分なんかまだまだ全然だなぁ」と落ち込む
このように、上手い他人と自分を比較している時点で、すでにそれは「才能」のサインなのです。たとえば僕は、誰かのギター演奏やスポーツ競技をみて感動はしても、落ち込んだりはしません。それは、そこに僕の才能はないからです。
一方で、上手い人の文章をみると落ち込みます。自分より上手い人ばかりなので落ち込むことばかりです。
ご覧のとおり、まだまだ下手くそな文章ですがもしかしたら、ここが才能のありかなのかもしれません。いずれ、上手くなれたらいいなあと思っています。
ネガティブに対する意識を転換
無意識のネガティブな反応には根底にそういう意味があります。
だから「ネガティブになったことなんかないぜ!」という人がもしいたら、それは気の毒なことです。ネガティブな感情もあって当然なのです。
必要な感情だから備わっているのです。
“ネガティブが必要な理由”に関してはこちらの記事をお読みください。
「人間の脳はネガティブがデフォルトだから気にしなくてもいい」
あなたの今日がほんの少しストレスフリーに近づくことを願って。