マイナス思考からスタートした究極のプラス思考をあなたに

頬杖をつく男性 生活

およそ10~15人に1人が生涯にうつ病を経験するといわれています。

7年ほど前に、私もその穴に落ちました。思ったよりも深く暗い穴の底でした。

今回は私が落ちた穴の内側がどんな様子だったかをお話しします。

「自分には関係ない」と思っている人にも今現在、つらい思いをしている人にも、私の経験を踏み台にして欲しいと思います。

経験したからつらさが分かる

連日深夜2時頃までの過酷な労働と心労が重なり、私は心身の健康を損なってうつを発症しました。

当初は自分の状況が飲み込めなくてうつという病名を受け入れることにも時間がかかりました。

「まさか俺がそんなわけないだろう」と。

今のあなたと同じで、自分がうつになるなんてそれまでに考えたこともありませんでしたから。

特につらいと感じた3つのこと

絶望する男性

つらいと感じることには個人差があると思います。これはあくまで私の場合ということになります。

  • 誰にもわかってもらえないつらさ
  • 誰の役にも立っていない無力感
  • 人間じゃなくなるような恐怖

つらいことはほかにも、もっともっとたくさんありましたが、私にとって最大級につらかったのはこの3点でした。

1.誰にもわかってもらえないつらさ

一番つらかったのは「理解してもらえない」ということでした。

骨折や発熱であれば、誰の目にも症状は明らかで同情や共感もされるでしょう。でも、うつの場合には自分のつらさやしんどさが数値として測れないから分かってもらえない。

しんどいのは自分なのに、何か仮病でズルしてるような居心地の悪さが消えません。そんな様子を察して、家族も腫れ物に触るように自分に接するようになります。

家族にさえも自分は理解されないのです。家庭内でも明らかな溝があるのです。絶望的なまでに分かり合えず、家族とすらまともに会話ができなくなったのは地獄でした。

酷いときは家族と話すのにも声が震えたりしました。

話すこともないので会話自体が苦痛になり一週間、誰とも口を利かないこともありました。

2.誰の役にも立っていない無力感

燃え尽き症候群の男

計画的に行動することができなくなりました。想像力を必要とすることもできなくなりました。ものごとを順序立てて話すこともできなくなりました。

一つに集中することが困難になりました。目に見えてもの忘れが激しくなりました。動作がひどく緩慢になりました。

そして私は業務の遂行が困難になり医師と相談した結果、休職生活に入りました。仕事から離れるとすべてのストレスから解放されてすぐに回復に向かうだろうと思っていました。

しかし仕事を離れると、今度は「働いていない」という事実がストレスになるのです。これは思ってもみなかったことでした。

休職や退職をした場合に生じる、無収入の期間というのは想像以上に精神的負担が大きいものでした。

「仕事もしていない」「家事もできない」「ただ生きているだけ」。

発症する前にバリバリ仕事をしていた人ほど、そこには絶望的な落差があると思います。「定年後ってきっとこんな感じなのかな」とふっと思いました。

「皆は今頃、会社で頑張っているのに!!」とふがいない自分を責めました。

来る日も来る日も、ただ毎日自分を責めて暮らしていたと思います。自尊心や存在価値というものは形も残らないくらいに粉々になり消え失せました。

3.人間じゃなくなるような恐怖

TVニュースで通り魔など異常犯罪事件の犯人が捕まると、「犯人には精神科に通院歴がありました」と報道されることがよくあります。

そういう報道に触れるたびに、「ああ自分も世間的にはコイツと一緒なのかな」と思って落ち込んでいました。もう自分が「人間」ではなくなっていってるような気がして狂いだしそうでした。

自分が社会に復帰できるのかとてつもなく不安でした。それ以前に「生きていて良いのか」すら自分では分からなくなりました。

自分のことを知ってる人が誰もいない町に引っ越したいと思いました。死の選択肢はいつも自分の隣にありました。

あなたはひとりじゃない

私がこの状況から這い上がれた思考法や習慣術は、今後も記事にしていきたいと思います。

今、現在進行形でしんどい思いをしている人は成長前の脱皮する段階、繭の中にいる段階と思って今は静かに力を蓄えてください。

よくいわれるように「夜明け前が一番暗い」のです。

すぐに前向きになんてなれなくてもいい。ただ毎日を丁寧に生きてください。

あなたの今日がほんの少しストレスフリーに近づくことを願っています。